『GJ PLUS』 | ゴルフ情報フリーマガジン『GJ』
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2011年12月22日

今年の7月に真庭カンツリークラブで行なわれた『世界ドラコン選手権 岡山大会』のレポート(「GJ」2011年11・12月号で掲載)のなかで、ひとりのレディース選手を取り上げてご紹介した。私生活では、一家の主婦であり2児の母であり、また看護師としても働く、小林千香さんだ。
岡山大会の取材時にはレディース優勝を果たし、「日本一になりたい!」と明るく目を輝かせていたのがとても印象的だったが、その目標どおり、9月に行なわれた日本大会(鹿児島県・林田ゴルフパークにて)で見事優勝、日本の頂点に立った。
さらに、なんと彼女は日本のレディース選手としては初の世界大会へ進出することとなる。世界各国からレディース選手は10名出場。そのなかで小林さんは4位という大健闘の結果を残した。今回も小林さんに焦点を当て、大会の様子をお伝えする。
いざ、アメリカへ!
日本大会が終了後、世界大会への出場が決まってからは、これまで以上に特訓に励んできたという小林さん。
「週に3回の割合で特訓に励みました」
普段から練習に加え、足におもりを付けて歩くなど、家事や育児をしながらこっそりトレーニングをするのは日常茶飯事だったが、今回から本格的にティーチングプロを迎え、スイング改造・体力作りに重点を置いて大会に備えた。
そして10月23日。新婚旅行以来、海外へ行くのは2度目だという小林さんは、LDJ(ロング・ドライバーズ・オブ・ジャパン)事務局の中釜和幸さん引率のもと、男性選手1名を含む3人で、開催地であるアメリカ・ネバダ州の北部にあるメスキートへと発った。
ドラコンの未来のために
私は頑張る!
世界大会は10月26日〜11月4日の期間でレディース部門や年齢別の部門・オープン部門など、各部門ごとに分かれて行なわれた。日本からは、日本大会で優勝した選手たちと招待枠も含め、男女合わせて合計14名が、それぞれの出場日に合わせて個々に渡米した。
レディースの試合は26日に開催される予定だったが、強風のため翌日に延期。
「時差ボケがあったからちょうど良かったです(笑)」
と小林さん。中止になった日はレディース選手たちとミーティングをして過ごしたそうだ。
そして翌日、いよいよ決戦の時が来た。早朝5時に起床、ストレッチをして体をほぐした後、家族や近所の子どもたちがくれた応援の寄せ書き、ご主人が縫ってくれたお守り袋などを見ながら、
「なぜ自分はここへ来たのか?」
と自らの心に問いかけていたという。「レディース発展のためにも、まずは楽しんできて!」と送り出してくれた皆の笑顔を思い出し、
「この場に立てることへの感謝の気持ちを忘れず、私が頑張って伝えなきゃいけない!!」
そう気持ちを引き締めた。

試合前のストレッチはしっかりと。LDJ中釜さん(右写真)は壮大な自然を体で表現!?
日本人女性初の快挙
世界第4位!!
試合開始は午前9時。アメリカ・カナダ・ニュージーランド…各国の選手はレディースとはいえ、体の大きな選手ばかり。おまけに控えめな日本人をよそに、それぞれの自国を応援する声も大きく、その雰囲気に圧倒されてしまったという小林さん。
「もうすべてが“でっかい!”って感じでしたね(笑)。正直なところ不安もあったんですが、でもいざ自分の番になると他国の人たちは私のことも応援してくれたんです!! チ〜カ〜! って。でもそれが、ヒ〜ハ〜! に聞こえてかなり笑えました(笑)。そのおかげで、緊張がほぐれたんです!!」
ラウンド1(1次予選)では10名のうち上位6名が通過。そのうち小林さんは最長で297ヤード、3位通過に漕ぎ着けた。ラウンド2(2次予選)では、最長286ヤードを打ち出したが惜しくも決勝進出とはならず、途中から体力の消耗を感じていたという自分自身への悔しさも溢れ出していた。
最終的に結果は4位だが、しかしこれは初出場にしてはすごい快挙である。試合終了後、驚いたことに小林さんのもとへサインを求める他国の人たちが集まってきた。「こんな小さな人がどうしてあんなにも振れるんだ!!」と賞賛の声に包まれる。そんな温かい人々の気持ちに触れ、
「お互い敵同士なのに、受け入れてもらえたということにビックリしました! 世界に出てみると、心が広いというか、お互いけなし合うのではなく正々堂々と評価してくれる方がたくさんいるんだな、と思い、人間としてのカッコ良さを感じました。こんなに良い環境で試合に挑めたのもお世話をしてくださった方、応援してくださった方、皆さんが元気を与えてくださったおかげです!! 本当に感謝の気持ちでいっぱいです」
小林さんはこの試合での手応えや感謝の気持ちを胸に、
「私の今のヘッドスピードは52〜53くらい。スイング改造をさらに徹底して、もう20〜30ヤード伸ばしたい!!」
と技術の向上を目指す。
母ちゃん、世界一になりたい!
今回、いろんな意味での世界の広さというものを実体験した小林さん。その他にも感動した出来事があった。じつはこの世界大会で“レディース部門”が設けられたのは2年振りのことで、皆の再会とお祝いの意味を込め、『Women’s World Long Drivers』と書かれたユニフォームをカナダの選手がレディース全員にプレゼントしてくれたそうだ。
「国籍は違えど、ここへ到達するまでに様々な葛藤や壁を乗り越えてきたであろう、同じ女性だからこその想いがあったように感じます」
小林さんも日常生活ではひとりの女性であり、妻であり母親であり、ドラコン選手であり、ご主人や周りで支えてくれる方々に常に感謝をしながら“いろんな自分”をこなしている。だからこそ、たとえ言葉の壁があろうとも、女性ならではのそんな心遣いがより一層胸の奥深くに響き、感動したのだろう。
「皆とのコミュニケーションをもっとスムーズにとれるよう、英語の勉強もします!!」
と強い向上心も芽生えた。
日頃からドラコンのレディース発展のために尽力している小林さんは、「主婦でも、育児をしていてもできる!」という信念を持ち、積極的な呼びかけやパンフレットなどの作成、また現在では『苺club』という女性のためのドラコンの会を結成し、元気に活動している。今、そんな彼女の最大の目標は『世界一を目指す』こと。
「気持ちだけは誰にも負けません!!」
と威勢よく発する声がとても頼もしい。持ち前のド根性と明るさで、この先もいろんなことに挑戦し、どんどん“女性の可能性”を広げていってほしい。

レディース選手たちと記念写真。日本人の「サムライ魂」を胸に、『世界一を目指す』ことを誓う。
2011年10月04日

取材協力/山陽新聞社 東児が丘マリンヒルズゴルフクラブ 社団法人日本女子プロゴルフ協会 フリーライター&カメラマン大林省三氏
※このサイトにある画像・文章等は無断転載禁止です
★今大会の最終成績は、LPGAの公式サイトに掲載中です。
昨年大会の様子
昨年は 両日とも好天に恵まれたこともあり、ギャラリーの来場総数は、ステップ・アップ・ツアーにしては異例の7,613人を記録。タイのオナリン・サタヤバンポット選手が通算6アンダー、2日間とも69で廻り、初代女王に輝いた。
このような盛り上がりを見せたのは、『マンシングウェアオープンKSBカップ』をサポートした民間ボランティア『ゴルフトーナメント地域活性委員会』が再結成し、地域をあげて盛り上げようと、企業の壁を超えたPR活動を積極的に行なった結果の表れといえる。
今年は『心をひとつに』を合言葉に、東日本大震災復興支援チャリティを実施
今年は賞金総額が2千万円、優勝賞金360万円と今季行なわれるステップ・アップ・ツアー5試合中最高額。
さらに多くのギャラリーに来て貰えるよう、工夫を凝らす。県内の名物を集めた『B級グルメ』のコーナーも、ギャラリープラザに登場。行列が出来るほどの盛況を見せていた。さらに17番ホール展望台にもミニギャラリープラザを設置し、軽食を販売。こちらも観戦中のオアシスとして多くのギャラリーが立ち寄り、寛ぐ様子が見られた。
また、今回は『心をひとつに』を合言葉に、東日本大震災復興支援チャリティを実施した。会場内で行なわれる各種ギャラリーイベントをチャリティとし、義援金箱の設置など浄財は山陽新聞社社会事業団を通じて被災地へ送られる。また、女子プロもステップ・アップ・ツアー1試合ごとに1選手500円以上の義援金を寄付するなど支援の輪を広げている。
大会前日〜サイン会開催!〜

16日(金)、夕方4時45分より岡山駅地下イルカの広場にて、女子選手4名によるサイン会が開催された。会場には元・器械体操オリンピック強化選手という異色の経歴を持つ、中村香織選手、地元・作陽高校出身の西木裕紀子選手、ルーキーで元プロ野球の工藤公康投手を父に持つ工藤遥加選手、同じくルーキーで日本女子アマなどを制すなど、数々の戦歴を持つ香妻琴乃選手が登場。先着100名にサイン色紙のプレゼントと握手。同時に東日本大震災復興支援チャリティー募金も実施された。




4名の注目選手が登場した。中村香織選手(左上)、西木裕紀子選手(右上)、工藤遥加選手(左下)、香妻琴乃選手(右下)。


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2010年12月01日

全国1位の生産量を誇る岡山の黄ニラ。黄ニラと聞いて思い出すのが、“黄色いつなぎ”がお似合いの『黄ニラ大使』!
兵庫県揖保郡太子町出身ですが、岡山へ移り住んでからは黄ニラ作りを頑張られている植田さんです。
始めは“赤いつなぎ”で作業されていたそうですが、消防団からもらった“黄色いつなぎ”でピン! とひらめき、
「黄ニラと同じ“黄色い”つなぎだ…。つなぎだけに黄ニラと地域をつなぎたい!」
というような想いから、今ではすっかりこれがトレードマークになったそうです。
そして故郷が“太子町”であることから植田さんの心のなかでは密かに、『黄ニラ“太子”』とも思っていたり…。
さて、この『黄ニラ大使』についてですが、黄ニラ農家で結成された“黄ニラ部会”により植田さんが任命され、誕生したそうです。
「楽しく農業がしたい。そして黄ニラの認知度を上げたい!」
と、農家の皆さんの想いを背負って全国各地へ飛びまわっていらっしゃいます。
そんな植田さんに、「『黄ニラ大使』としてご活躍の様子ですが、なかでも“黄ニラばら寿司”をずいぶんPRされているのはどうしてですか?」
とたずねてみたところ、
「近年、ご飯離れが進んでいると言われています。黄ニラを食べてもらいたいけど、ご飯をもっと食べましょう! と世間にPRしたくて…。それから、岡山といえば“ばら寿司”が郷土料理。岡山県の人々に再認識してもらたり、若い世代の人たちにもっと知ってもらいたい!」
とのことで黄ニラとのコラボを試行錯誤し、“黄ニラばら寿司”が完成。その熱い想いを訴え続けているのです!
「黄ニラ部会の歴史と伝統を守り、初心を忘れず、『黄ニラ大使』を続けていきたい!」
と、まっすぐに語る植田さん。とても謙虚な姿勢が印象的でした。
文/片岡睦子(山陽薬品株式会社)
2010年10月01日

岡山県にトーナメントが帰ってきた!
岡山県からゴルフトーナメントが消えて早2年。去る9月18日(土)・19日(日)の2日間、東児が丘マリンヒルズゴルフクラブ(岡山県玉野市)にて、待ちわびたゴルフトーナメントが開催された。
女子ゴルフトーナメント『LPGAステップ・アップ・ツアー山陽新聞レディースカップ』。この大会は、今季5試合行なわれるステップ・アップ・ツアーの中の1試合として新設された大会で、レギュラーツアーの出場資格を持たない選手へ、新人育成を目的に開催される。
競技は2日間36ホールストロークプレーで争われ、優勝者には10月中のレギュラーツアー4試合に出場権が与えられるほか、上位2選手は姉妹トーナメント提携した『大王製紙エリエールレディスオープン(11/19〜21開催・エリエールGC松山)』に出場できる。
トーナメント地域活性委員会が再結成、PRに奮闘

当時アマチュアの石川遼選手と、トーナメント地域活性委員会のメンバー。※弊社記者撮影
本大会開催にあたり、県内企業関係者から成る『トーナメント地域活性委員会』が新たなメンバーを加えて再結成された。
地域活性委員会のメンバーの条件は“ゴルフが好き(奥深さを感じている人)”、“利害に走らない人”、“人脈を活かせる人”、“NATO(ノーアクション・トークオンリー)でない人”。『口だけではない、自ら行動を起こし、かつ見返りを求めない』。完全ボランティア組織なのである。
今回は県内の財界やゴルフ関係者らメンバー約50人が参加。この組織は、ミサワホーム中国株式会社会長・土井邦良氏が発起人となり、2003年に発足。「晴れの国・岡山の魅力を全国にアピール、岡山を日本の“オーガスタ”にしよう」と男子レギュラーツアー『マンシングウェアオープンKSBカップ』をサポート。活動から4年目の2007年には、当時アマチュアの石川遼選手がツアー初参戦で史上最年少優勝という快挙を達成し、岡山県とともにトーナメント地域活性委員会の名は全国的に知られることとなった。翌年2008年大会では観客動員数はついに目標の3万人を超える3万3351人を達成した。その後、マンシングウェアオープンKSBカップで得たノウハウは、他のゴルフトーナメントにも活かされている。
「観戦に来たお客様が楽しそうに帰っていく、そんな姿を目の当たりにすると、心から嬉しい。もっと多くの人にゴルフトーナメントの魅力を伝えたいと、強く思いますね」
と土井氏。
活動開始当初は、当時のスポンサーの体制などを180度変えることに奮闘。今までのゴルフトーナメントとは、『限られた一部のもの、威厳のあるもの』としての先入観があった。裾野を広げることにより、『もっと多くの人にゴルフトーナメントに親しんで貰いたい、敷居よりも、ゴルフを愛する気持ちが多く育つトーナメントに、家族皆でピクニックのように楽しめる大会に』という想いのもとに尽力した。
加えて、当時は男子ツアー人気の低迷していた時期で、初日の来場者数は800名程度ということもしばしばだったが、土井氏やメンバーの地道な活動のおかげで、年々ギャラリー数も増えた。多くのギャラリーからのあたたかな拍手に、選手の心も揺り動かされ、「岡山はあたたかい」という感激の声も多く聞かれた。
「再び有志が領域を越え一丸となって、ぜひとも日本一のステップ・アップ・ツアーにし、岡山のパワーや魅力を全国に知らしめ、地域活性化のお役立ちになる様にしていきたい。“岡山流”を見せたい」
と、土井氏は意気込んでいた。
メンバーの幅広い声掛けや独自のPR活動が実を結び、大会2日間のギャラリーの来場総数は、ステップ・アップ・ツアーにしては異例の7,613人を記録した。

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2010年10月01日

中国大陸から日本へ渡り、その後は日本からヨーロッパやアメリカへ広がった柿。アジア地域を中心に、今では世界各国で栽培されています。
古来からの柿はすべて渋柿でした。1214年に神奈川県の王禅寺で発見された“禅寺丸柿”が甘柿のルーツだと言われています。甘柿は渋柿の突然変異とも言われ、じつは日本特有の品種なのです。
柿は大きく分けて、そのまま食べられる『甘柿品種』と渋抜きをしないと食べられない『渋柿品種』があります。さて、その違いは何でしょう!?
それは、柿に含まれるタンニン(口に入れると強い渋みを感じさせる物質)の違いによるものです。甘柿は不溶性タンニンが、渋柿は水溶性タンニンが含まれています。水溶性タンニンは、だ液に溶けるため、渋みを感じます。ですから、渋柿の“渋抜き”というのはタンニンを不溶性に変化させることだったのです。
ことわざでは「桃栗三年柿八年」というように、柿は種を植えてから実がなるまで8年かかると言われていましたが、近年では技術向上で4年程度で実がなるそうです。また品種改良においては、いくら甘柿と甘柿を交配しても渋柿になることもあるようです。
柿の種類をもっと細かく分けると『甘柿品種』は熟すと甘くなる『完全甘柿』と、渋が多少残る『不完全甘柿』に。『渋柿品種』は、ゴマのような斑点の周りが甘く果肉が渋い『不完全渋柿』と、ゴマが無く渋いだけの『完全渋柿』に分けられています。それぞれ種の有無は関係ありません。不完全甘柿を不完全渋柿に含む場合もあるそうです。柿は4つに分類されていたなんて驚きですね!
柿は、生食・干し柿の他、ようかん・ジャム・ワイン・酢・カレー・お茶などに加工されていますよね。余談ですが、葉っぱの殺菌効果で利用されている柿の葉寿司は私の大好物です!!
【おもな柿の種類】
●完全甘柿…富有柿(ふゆがき)、次郎柿(じろうがき)、太秋柿(たいしゅうがき)、禅寺丸柿(ぜんじまるがき)など
●不完全甘柿…西村早生柿(にしむらわせがき)、筆柿(ふでがき)、黒柿(くろがき)など
●完全渋柿…西条柿(さいじょうがき)、愛宕柿(あたごがき)など
●不完全渋柿…富士柿(ふじがき)、平核無柿(ひらたねなしがき)など
【渋抜きの方法】
・焼酎などのアルコール漬け
・炭酸ガスなどのドライアイス使用
・干し柿
・湯抜き
・米ぬかに漬ける
・りんごと一緒に密閉容器など
文/片岡睦子(山陽薬品株式会社)