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2009年08月05日

『私のゴルフ』 備前焼陶芸作家 難波 誠治 -その2-

難波家といえば「龍」
情熱の結晶たち

楽しげに話す難波さんだが、『龍』を作るときにはガラッと人が変わったようになるという。

難波家といえば『龍』の焼き物と言われるほど、代々生きているような龍を作り出す作家として名を馳せている。難波さんにとっては、『龍』の製作は大切なライフワークである。

5本爪が三代目である難波さんの『龍』の特徴。ちなみに5本爪の龍は、古来より中国の皇帝が持つ龍にのみに許されていたとされる。難波さんがこの『龍』を製作する時は、まさに皇帝の龍が乗り移ったかのようなオーラに包まれるため、奥さまもうっかり話し掛けられないのだとか。周囲からも「同じ人間が作っているとは思えない」と言われるほどの気迫に溢れ、難波さんは眠っている時でさえ、龍の夢を見続けるのだという。

「夢に出てくる龍は…稲妻の中でヒゲの先からゆっくりと出てくる、そして遥か向こうから爪が…という感じで、三日三晩見ることもありますね」

難波さんが『龍』の製作をライフワークとしている理由は、ただ先代より受け継いでいるからだけではない。過去に2度の挫折を味わったとき、夢の中ではなく目の前に『龍』があらわれて、難波さん自らの手から生み出された作品の姿、"情熱の結晶" で救ってくれたからだ。

1度目、それは今から5年前のこと。難波さんの父であり、師匠でもあった周作さんが逝去された。死後半年間は何をする気力も起こらず、作品を作ることでさえも苦痛だった。

作家にとって、父親が亡くなったことよりも「師匠」を失ったという喪失感は、相当深いものであった。悲しみを理由に娯楽に走り、苦悩を紛らわす日々…。そんな中、自分の「父親代わり」とも言える人が、突然難波さんを

「ゴルフへ行こう」

と誘ってくれた。そしてこう言った。

「もしお前に負けたら、好きなものを何でも買ってやる。でも、俺が勝ったら今まで見た事のない作品を作ってみろ!」

普段そんなことを言う人ではなかったが、当時の難波さんには、その人の気持ちなどわかるはずもなく、言われるがままにゴルフへと出かけた。結果は難波さんの惨敗。思わず最終18番グリーン上で土下座した。なぜなら難波さんは、父親代わりの彼の気持ちを初めて理解したからだった。

その人は言った。

「難波家といえば『龍』だ。お前の代の『龍』を作らなければならないんだ!」

ハッと目が醒めた難波さんは、約10日間、取り憑かれたように作り続けた。その時の龍は、納得のいくまで、徹底的に作りあげた渾身の傑作となった。

2度目。難波さんの前にもう一度龍が現れたのは昨年の冬のこと。その頃は何をやってもうまくいかない時期で、「くさっていた」と言う難波さん。作品を窯から出せばすでに割れていたり、良いものが出来たと思った矢先に落として割ってしまったりと不運が続いていた。

(右上へ続く)

その年最後の窯出しの日は、ゴルフコンペと重なっていた。参加した難波さんのスコアは散々で、表彰式も出ずその日は早々に引き上げた。帰宅すると、待ちかまえていた弟の隆治(二代目・好陽)さんから知らせを受けた。『とんでもないやつが産まれている』と。

駆け付けてみると、そこにはまだ灰を被ったままの銀色に輝く龍が天に向かい咆哮しているではないか。難波さんは思わず息を飲んだ。釉薬を使わずして輝く銀色が出るのは極めて稀なことなのだそうだ。

さらによく見てみると、角度によって、キラキラと金粉をまぶしたような黄金色が浮き上がって見えてくるのだ。

『これは奇跡だ』

難波さんは確信した。もしかすると自分の分身が龍に姿を変えて、『頑張ればできるんじゃないのか』と励ましてくれているような気がした。

難波さんの心には再び製作魂の灯がともり、粘土・窯たきなど管理している弟・好陽さんと力を合わせ、難波家の代表作の「龍」製作にもさらに力がこもった。

「代表作のない作家にはならない」

そう心に抱く難波さん。

「例え人間国宝だろうと、代表作のない作家は意味がない。自分は "難波家 = 龍" と言われればいい」

ひょうきんな口調の中に、陶芸作家としての情熱的な想いをのぞかせる。

"龍づくり" というライフワークと偉大な祖父の存在

「なぜ、龍を作っているのでしょう? 芸術だから? お守りだから? 分身だから? それがわかるのはお墓に入ってからですね」と難波さんは言う。

「やはり龍作りは祖父には勝てない。でも、知らない人から『龍といえば(初代)難波好陽だ』と言われると嬉しいですね」

備前焼陶芸作家 難波 誠治さんの"龍づくり"というライフワークと偉大な祖父の存在

この龍の像の色味は、写真で撮影しても本来の色が出ない。自然が生み出した色は、想像を絶する繊細さなのだ。備前焼の多くの龍は型で作られているが、難波家の龍は鱗の1枚に至るまで手作りだ。以前、遊び心で小さな龍を作ってメダカを飼っている鉢に沈めてみたところ、鉢を覗き込んだお客さんが気に入って鉢ごとお買い上げという逸話もある。メダカの泳ぐ平和の向こうには臨戦体勢の龍が睨みをきかせている、ギャップのあるシチュエーションに、お客さんの感性が響いたのではないか。

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